レイ イナモト氏「デザインとテクノロジーでビジネスを開拓するスタジオ」を目指すという。
http://www.advertimes.com/20150929/article204903/

イナモト氏によると、以下の職業は10年後にはかなりの高い確率でなくなっていると言う。

https://s.haroid.com/c.html?r=http%3A%2F%2Fwww.sensors.jp%2Fsphone%2Fpost%2Frei_inamoto.html

プログラマー
医師
ウェイター
調理師
経理

写真家はなかった(笑)が、上記の職業は確かに、コンピューターソフトなどで既にかなりの精度で補われている。

次世代の対応を考えて、問題意識を高めて行かないとならないな。
古くからの伝統とか、引き継がれていく技術とか、このへんの「心」の部分をどの様におり入れて行くか?

彼のレクチャーを聞いて思うのは、
テクノロジーをハリーポッターの魔法の様に語る。しかし、魔法ではない。

私の様に山に篭り動物や野鳥を相手にシャッターを切る者は、どの様にこのテクノロジーと向き合って行くのか?
ヒントを沢山もらい、今後の個展の在り方や被写体選びに取り入れないとな。

フッと、言われたクライアントからの一言。「写真展って今だに変わらないんだなぁ〜」私はこの一言に総てが有るのだと感じた。そう言えば、私が所属しているソニーのプロサポート。ソニーこそテクノロジーの最先端を歩む企業ではないか?もう少し、銀座のプロサポートに顔だして、テクノロジーに対する意識を高めて行きたい。

しかし・・・・・・
時代が移り変わるその移り変わりの世代は新・旧の混ざり会う微妙な立ち位置だな。若い時は「新人類」と呼ばれ、今、息子たちに「古いなぁ〜」と笑われる。
私は何にも変わらないのに。

プログラマーでよかった・・・・・・。

プログラファーこそ、一番最初に無くなるんじゃない?携帯にカメラが付いて、なお一層の写真の価値は、大衆の物になった。写真機を扱うのが難しい時代の先生。カメラの取り扱いが楽になると、次に教えるのは構図。切りとり方。
その後は何だろう・・・・・・。

私は、写真は芸術とは考えない。
新聞記者時代の写真は記録。
要は、一枚の時代の記録のされ方がどうなのか?存在が少なればなるほど、珍しさが上がり、構図は問題にならない。
絵は作家の頭の中の構図がキャンパスに広がるが、写真は記録だから実際に事柄が起きないと記録出来ない。
この「出来ない」が出来るになるから、テクノロジーは素晴らしい。
そして此処に、問題とヒントが有るのだと面白い。

友人が話していた中に・・・・・・
地球上で何千・何万・何億年と変わらないものがただ1つある。その変わらないものを被写体にしてるから、価値を見いだし、観覧する者に懐かしさと感動が与えられる・・・・・・。
考えた事もない事。
生物の細胞に溶けこむDNA。
「心」の部分をテクノロジーはどう変えてもらえるのか?

テクノロジーを作っているのも人の心です。






















人は何処から生まれ、何処に向かい、何処帰るのか?

私の被写体は、「ふくろう」と「旭」。