先日、ある取材を受けた・・・・・・
その中の1場面に、嶽堂さんは何故フクロウなんですか?
って質問がありました。

私は、心の迷いを取り払う為に実は、禅寺で座禅の修行を
受けました。「悟る」一言で言うが、この境地にはなかなか
到達しない。座禅は、「静の激しさ」がなんぞや?
と、言うことが判るとこれに近い。
ようは体力・気力を限界に追い込み、今風に言うと「トランス」
状態になると見える境地なんだと思う。私も「悟り」には到達し
てない・・・・・してないと思う。

ある日、私が座禅を組んでいると、本堂の方から「ブッホウソウ」
と、泣く鳥がいました。コノハズクと言う、フクロウです。「仏・法・僧」
座禅にはピッタリだな・・・・なんて考えていたら、警策(きょうさく・けいさく)
が、和尚から飛んで来ました(笑)。
座禅後この鳥の名を聞くと、和尚も参加者も誰もそんな声は聞いてない。
聞いてないだけなら良いのですが・・・・・参加者から「雑念」と笑われました。
しかし、そこで和尚は、「亡くなられたお子さんの声では?」と
諭され、結果、そのフクロウが見てみたくて・・・・・・森を彷徨い
声のするほうに向かい、何度もチャレンジして2年ごしでこの
コノハズクを見ることが出来ました。
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「私の子供が私を励ます為に、私にだけ聞こえたあの声」

フクロウとの出会いでした。

お大師様(弘法大師空海さま)もこのコノハズクと出会っております。
 空海さまはその声を聴き、『性霊集』において漢詩で次の様な詩を詠まれているのです。


「後夜に仏法僧の鳥を聞く 閑林に独り座す草堂の暁 
三宝の声一鳥に聞こゆ 一鳥声有り 人心有り 声心
雲水倶に了了───空海」

(現代語訳) 空海が独り座して夜を徹して勤行する山中の夜明け、
仏法僧の声に心は澄みわたる。鳥声と人心、雲と水(大自然)は
一体となり、一点の曇りもなく心眼に映る。


お大師様も私、ご縁がありました。

私の学んだ「密教」は、天と地の気の動きを感じとり、
動植物との会話をし、修験僧は自然界と調和する技を修行により
付け、「心眼」を開くのです。

話がずれました・・・・・・・

ブッポウソウの鳴き声を聞いてから、フクロウに会いたくて会いたくて、山で鳴き声を聞いては探してみてた。2年越しにやっと会えた。その時に亡くなった愛しい三男に会えた気がした。その思いがフクロウに会う度にするのです。

愛しい三男に会える気持ちがするのです。特別な気持ちや、嬉しさを感じるです。

私は、この技を使い、自然に一番敏感で、もの凄く几帳面な フクロウになかなか会えないと文句を言いながらどんどんと 吸い寄せられて行き、その魅力に今日も魅了されているのです。